甲斐犬物語11

甲斐犬物語 11

素早い引き足が身上 血統書や容姿は無関係 山梨日日新聞「甲斐犬物語 11」

山梨日日新聞で1982年1月1日から1月17日まで、竹田十九平記者による甲斐犬に関する記事が連載されました。 記者の観点から取材された内容は、甲斐犬の基本的なことを理解するのに役立ちます。

(イノシシに襲いかかる甲斐犬、野生の猛獣に対しても決してものおじしない)

 

甲斐犬愛好家は血統派と狩猟派の二つに大別できるという。 甲斐犬本来の容姿や血統をかたくなまでに重要視することによって、種類の保存に力を入れているのが血統派とすれば、狩猟派は血統や容姿より機能を重視する。 東八代郡御坂町上黒駒、農業米山光男も狩猟派の一人。 十一年前にイノシシやクマなどの大物猟に魅せられ、農閑期になると御坂山系で獲物を追う。 米山は猟を始めたころは射撃の腕前さえ確かであれば獲物が取れると思っていた。 しかし出猟の場数を踏むごとに、獲物を追い立て、追い詰める猟犬の重要さを痛感するようになった。 「猟果の九割は犬で決まる。獲物を仕留めるまで、鉄砲を撃つ人間お役目はせいぜい一割くらいだ」とさえいう。 猟犬は最初から姿、形が気に入った甲斐犬を使っている。 米山は「甲斐犬といっても、それぞれ能力差があり、人間の要求を100%満足させてくれる犬は少ない。 それでも総合点をつけると甲斐犬はトップクラス。それも訓練次第だ」と言っている。 「猟果は犬次第」と確信している米山は四年前から、山中に訓練所を設け、そこで実際にイノシシを放して犬におわせるすさまじい訓練をしている。 うわさを聞いて訓練を頼みに来る猟仲間や県外のハンターもいる。 そこで対面した犬の数は紀州犬や、柴犬などを含め三百頭にも及ぶという。 多くの犬を訓練した結果、気が荒いのは紀州犬で、絶対に後ろに引かずイノシシに食らいついていくことがわかった。 最近も訓練中に突き放された紀州犬がいた。「気性が激しいことは最高だが、あまり好きになれないし、猟にも向かない。どちらかというとばか犬だ。そこへいくと甲斐犬は利口だ。悪く言えば逃げ足だが、素早い引き足を持っている」と分析している。 しかし、甲斐犬でも満点の猟犬はいない。せいぜい六十点止まりだ、という。 また、実際にイノシシと対決する本番訓練では血統書や容姿は無意味であることも証明している。 「見てくれの悪い甲斐犬でも素晴らしい狩猟本能を発揮するケースも少なくない。逆に品評会で満点でも全く猟に適さない犬もいる」という。 甲斐犬愛護会のメンバーでもある米山はこの辺のギャップに歯がゆさも感じている。 完全な猟犬としての甲斐犬を夢に描いている米山の脳裏には、まだ自分が猟を始める前の”幻の甲斐犬”が強く焼き付いている。 「同じ御坂のハンターだったが小型の甲斐犬を使っていた。西山(早川町)の猟師から譲り受けたのだそうで、いつも単独猟で黒い犬を背負っては山に入り、必ずイノシシかクマを仕留めて帰ってきた。 自分が訓練してきた犬では四匹連れて行っても太刀打ちできない。 私の猟の理想は単独で山に入り大物を仕留めること。あの甲斐犬がその理想を100%満足させてくれる犬だったのでしょう」と声をはずませる。 雑種化が進む各地の在来日本犬のなかで甲斐犬が原型を保ってこられたのは、まだ、「山犬」と呼ばれた時代から南アルプスのカモシカを追うプロの猟師の必要品であったことがあげられている。 猟果がなければ暮らしていけない猟師たちは鋭敏な甲斐犬だけを愛していたに違いない。現在、狩猟派の愛犬家たちと甲斐犬に求める本質は同じようである。 (敬称略)