甲斐犬物語10

甲斐犬物語 10

強さの秘密は跳躍力 土佐犬の横綱も破る 山梨日日新聞「甲斐犬物語 10」

山梨日日新聞で1982年1月1日から1月17日まで、竹田十九平記者による甲斐犬に関する記事が連載されました。 記者の観点から取材された内容は、甲斐犬の基本的なことを理解するのに役立ちます。

(岩場で遊ぶ甲斐犬。機敏なフットワークはけんか上手の秘密である)

「甲斐犬は強い」というのが愛犬家の間で定説化している。 この定説はひところ甲斐犬の生息地である県内に限られれいた。 しかし甲斐犬が全国的に普及して、その強さがうわさに上がり始めた。 甲斐犬愛護会会長の小林君男(51)はつい最近のエピソードを次のように紹介する。 「昨年十一月、東京のある大企業の社長が愛護会本部にやってきて、”甲斐犬が欲しい”と切り出した。 急な申し出に理由を聞くと、その社長さんは、毎朝、犬と公園を散歩するのが日課。 いろいろな犬を飼って散歩するが、同じ犬連れの散歩によく行き合う。 ときには犬同士のけんかがはじまるが、いつも負けてしまう。 相当勝気な人のようで”絶対負けない犬が欲しい”と東京の畜犬店に相談した。 その店で”うちでは売っていないが、山梨に行けば甲斐犬という犬がいる。 優秀なものなら絶対に負けないだろう”とアドバイスを受け、さっそく自ら車を運転して甲府まですっとんできた」 小林は負けず嫌いな社長さんの顔を思い出したのか、ニヤリと笑いながら「実際、甲斐犬は強いですよ」と付け加えた。 甲斐犬の強さについては忠誠心と同じくらい語り草が多い。 職業別にみると、愛犬家は魚やさんに多いという。 昭和二十七、八年ごろ鮮魚市場、海産問屋が軒を並べていた甲府市魚町(現中央二、三丁目)にも飼い犬が目立ち、全国的に土佐犬の飼育が流行した。 土佐犬は戦うことだけを目標に世界中の犬の強いところをかけ合わせて作られた闘犬である。 当時、魚町に土佐犬の全国大会で横綱を獲得した猛犬がいた。 飼い主は朝夕、町内を散歩させていたが、この横綱犬によく噛み付く子犬がいた。 甲斐犬である。 双方の飼い主は「おれの犬の方が強い」と主張し合った末、近くの富士川小学校の校庭で戦わせたところ甲斐犬の圧勝だった。 身が軽く、足が速い甲斐犬は土佐犬に”指一本”触れさせず、素早く土佐犬の後方に向かって、睾丸(こうがん)を食いちぎった。 血だらけになった土佐犬が担ぎ込まれたのが。 実は小林承吉(元甲府市立動物園長)、君男親子の開業する家畜病院であった。 小林君男は「土佐犬は狭いリングの中で戦う人造犬だ。 甲斐犬もリングの中では食い殺されてしまうだろう。 しかし大自然の原野で戦えば甲斐犬の独壇場だ。 南アルプスの険しい岩場でニホンカモシカを追いつめていたときの野生が残る限り、原野では他のどの犬種にも負けないはずだ」と強さの秘密を語る。 甲斐犬は愛犬家たちが異口同音にいうのは、あきれるほどのけんか上手。 別に教えもしないのに、けんかの最中の引きや押しのタイミングは見事というしかない、というのである。 形態学的に強さの秘密を探ると、他犬種に比べて飛節(後脚の関節)が異常に発達していることだ。 甲斐犬の審査でも飛節の良否が質の良し悪しの重要なポイントとなる。 強力なジャンプ力に還元される。 さらになにものも恐れない古武士のような不気味さが相手を圧倒する。 (敬称略)