甲斐犬物語 7

甲斐犬物語 7

飼い主に忠実が特性 在来日本犬の純血保持  山梨日日新聞「甲斐犬物語 7」

山梨日日新聞で1982年1月1日から1月17日まで、竹田十九平記者による甲斐犬に関する記事が連載されました。

記者の観点から取材された内容は、甲斐犬の基本的なことを理解するのに役立ちます。

一点をにらむ甲斐犬。主人には中性だが、見知らぬ人間には異常な警戒心を示す。

 

現在甲斐犬愛護会会長を務め、甲府駅前で家畜医院を開業している小林君男(51)は「甲斐犬が天然記念物に指定されたのは当時の愛護会のメンバーの努力を抜きにしては考えられないが、それ以前に甲斐犬そのものが優秀で、価値のある犬だったからだ」と言い、愛犬家の多くは「甲斐犬の特徴は美しくないこと」と言う。 しかし愛犬家たちが語る「美しくない」という表現は決して「醜い」ことではない。逆に「美しくないから、美しい」と、まるで禅問答のような言い方をする。 この言葉には最近のペットブームに対する皮肉が込められている。 犬の品種改良はすさまじい、手のひらに乗る犬、縫いぐるみのような犬、リボンをつけたり、美容院でパーマをかける犬、人間側の好みだけで作り出され、一生、大地を踏まずに部屋の中で暮らし、死んでいく犬も多い。 こうした犬に比べると、甲斐犬は確かに美しくないかもしれない。 小林は「こういう時代にあってこそ、自然のままの純血を引き継いでいる自然の犬の美しさが際立つ。 黒褐色の地味な色がたまらない気持ちにさせてくれるのではないか」と愛犬家たちの心理を分析する。 また愛犬家たちが必ず口にする言葉に「一代一主」がある。 「一生のうち一人の主人にしか仕えない」という意味だ。 株式会社岡島取締役で甲斐犬愛護会理事の山田利器(50)は「甲斐犬の特性、優秀性は数えればきりがないが、飼い主に、つまり主人に忠実なことが最大の特徴。 極端な場合は夫婦、親子で飼っていても、本人(甲斐犬)が主人と決めた一人にだけ従順で、他には敵意をみせる」と語る。 だから甲斐犬ほど、小犬のうちに飼育しなければ思い通りに従わない。 小林によれば、だいたい六ヵ月以内が限度である。 甲斐犬の「一代一主」に関する神話的エピソードは数え切れない。 「旅行中、他人にあずけたら、その間一切食事をとらず餓死した」 「飼い主である夫の所持品を片付けようとした妻に、主人(夫)の所持品が盗まれると感じてかみついた」 「生後三ヵ月でけで育てた子犬が数年後にも昔の主人を覚えていてじゃれついた」 「猟に出て、ひとことも命令しなくても、主人の頭の中で思っていた通りに行動した」 「一代一主」の特性は裏を返せば甲斐犬は飼いにくい犬ということにも通じる。 家族全員、あるいは向こう三軒両隣の人全てに愛される犬ではないようだ。 飼い主以外には不気味なうなり声をあげて威嚇したり、ときには身内の人間にまで飛びかかるというのだから始末が悪い。 小林は「この特性は秋田犬、柴犬など日本犬すべてに共通している。 ただ天然記念物になった各種日本犬のなかでも最も在来の自然、純血が保たれている甲斐犬が最もこの特性が強い」と説明している。 五十数年前、甲斐犬を世に送った甲府地検次席検事の安達太助をはじめ、歴代の愛犬家が「一度飼ったら手放せない犬」というほど、とりこにしてきた甲斐犬の魅力はまさに「一代一主」にあるようだ。 (敬称略)